「カリスマ受験塾SAPIXの内幕」−抜群の合格実績の陰に落ちこぼれ切捨て教育− 

文藝春秋にSAPIXの記事が掲載されました。

文藝春秋 2006年11月号
「カリスマ受験塾SAPIXの内幕」−抜群の合格実績の陰に落ちこぼれ切捨て教育− 森健氏(ジャーナリスト)


詳しくは、月刊誌を手にとって見ていただくとして、内容はこれまでさまざまなところで出ていた話の焼き写しといった印象です。

中学受験大手の日能研の生徒数よりも半分以下の生徒数で日能研以上の合格者数を出すSAPIXは今や中学受験塾の中では注目の的。

SAPIXについては、
◆1回の授業ごとに小冊子にしたテキストを配布
◆大量のプリントを配布
◆成績による頻繁なクラスの変動
◆拠点主義を取り、1校舎でのクラス数が非常に多い
◆授業料が他の塾に比べて割高である
◆配布されるテキスト、プリント類の解説が不親切

などは、ネットでもいろいろと言われていることです。

1つ参考に上げれば、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』。

文藝春秋でもこのあたりのことは取り上げられています。

そして、もう1つSAPIXについて言われることとして、上位層だけのための塾であるとの指摘である。


文藝春秋においても、森氏は、

こうしてみてくると、できる子にとってはますます伸びるよい塾だが、これから学ぼうとする子、ないしは成績が普通以下の子には、必ずしも合っているとはいえない。つまり、もともとできる子を中心に有名中学への合格実績を高めることができたのではないか。


と書いておられる。

非常にまっとうで常識的な意見に聞こえます。

しかし、一部に少しの努力でも非常にできる子供がいるにしても、「もともとできる子」などという安易な表現が果たして妥当なのか?疑問に思います。

できる子でさえも鍛えてこそ、初めて本当の意味での「できる子」になる。

なにか元々も出来上がっていた子供たちをSAPIXがうまく救って、簡単にポイッと有名中学に入れたという非常に皮肉った表現をされているのは気になりました。

文面から推測するに、おそらくチョロチョロと取材を済まして、やっつけ仕事として書いているとしか思えない底の浅さを感じたのは私だけでしょうか。

どうであれ塾は自らの存続をかけて、日夜努力をし、生徒たちに付き合っている。大半の塾の先生はそうしていると思います。

中学受験は、首都圏で4人に1人とか3人に1人の割合で受験すると言っても、まだまだ限られたフィールドの中での戦いです。そして、そのフィールドのレベルは言葉の使い方が正しいかどうかは別にして、「勉強に関して」選ばれし者の、上位陣の戦いでもあります。少なくとも中学受験をする子供たちの学校の成績が良い比率は非常に高い。

その上位陣がしのぎを削る戦いにおいて、すべての層を拾っていく授業などは存在しないと思うのです。

また、それが嫌であるなら、お金を払って通っているのは子供(親)たちであるし、入塾も退塾も自由なわけです。

仮に100歩譲って、成績が普通以下の子供には向かないというのであれば、自分に合った塾を探せばよい。それだけの話だと思うわけです。

森氏は当該記事の最後にこう書いておられます。


学校ではなく受験塾なのだから、優秀な生徒の才能を最大限伸ばすという意味では、SAPIXの実績は大いに評価されていい。だが、5年におよんだ小泉政権に対し、社会格差を広げ、弱者を切り捨てた、との批判が根強いように、SAPIXの方針もまた、一部の優等生を優遇する「落ちこぼれ切り捨て」とはいえないだろうか。



「一部の生徒を優遇する」「落ちこぼれ切捨て」こんな言葉を使って塾を批判するのは下の下です。

では、果たしてSAPIXだけでなく、塾に「あらゆる子供たち」を救う義務があるのか?と問いたい。

子供たちにはいろいろな子供がいます。先生が一生懸命にやってもまったく宿題をしてこない子、授業を聞かない子、家庭がまったく協力しない子、それらを含めて、SAPIXが、塾が全部抱えていけるはずはありません。

私は決してSAPIXを支持する立場にも、擁護する立場にもありません。しかし、それにしてもこの「やっつけ記事」は何も伝えていないと思いました・・・・・

小泉政権と首都圏にある1つの塾を同列に述べる言い回しにも、森氏のズルさが感じられ、不愉快な思いを禁じえませんでした。

ついでにいえば、文中、森氏は

SAPIX開校)初年の好成績によって、中学受験を考える保護者の間で評判が高まり、優秀な子が増え、実績がさらに上がる−。こうした好循環が、SAPIXの現在の地位を築いたといえよう。


と書いておられます。

その前段で、SAPIXの好実績は

もちろん講師陣の力によるところも大きいだろう。

とありますが、しかし・・・・・と上記の文につながっていくわけです。

仮に独立分派したTAPから優秀な生徒を引き抜いて連れて行ったとしても、それは最初の年、良くても次の年までの話でしょう。SAPIXの創立は、1989年です。

森氏も書いておられる「2000年代に入ってからSAPIXは急速に合格実績のシェアを拡大した」と引きつれ云々、開校初年度からの好循環云々の話と明らかに矛盾します。

雨後の竹の子のごとくできる塾、何の資格もなくても開校できる塾で、創立以来、そして創立から10年近くたって、合格実績のシェアを拡大している塾は、やはり一定のノウハウや授業の進め方に他塾にはない何らかの長所があることは間違いありません。

そこを無視して、「ただ運がよかった・・・」「元々できる子を伸ばしているだけ・・・」などジャーナリストを名乗る割には、貧弱な内容といえるでしょう。

最後に文中に出てくるあるお母さんの言葉で締めくくりましょう。


(最上位)αクラス以下でも、何かのきっかけで伸びる子どもが大勢いるはずです。中学受験で力を出す子もいれば、高校受験、大学受験で成功する子もいる。小学生のうちから、"できる子”と"できない子”を峻別し、将来の可能性を摘むようなことがあってはいけないのでしょうか



当たり前の話です!!

そして、その芽を摘んでいるのは、SAPIXなど塾ではなく、親であると言えるでしょう。塾を選ぶのは、まさに親子。我が子に合ったものを年齢と性格と家庭の事情から選別していけばいい。

決して塾に全知全能のシステムややり方を臨んではいけない。ただそれだけなのです。SAPIXを良いと言う人もいれば、悪いという人もいる。当然なのです。

問題は我が子に合っているかどうか・・・・・

ぜひ文藝春秋のジャーナリストの森氏の本文を読んでみてください。図書館にもおいてありますから。2006年11月号です!
posted by サピ雄 at 14:45 | Comment(1) | TrackBack(0) | SAPIX関連の記事
この記事へのコメント
サピ生徒。
私落ちこぼれだったけど先生が救ってくれて今一番上。
一番下に対してもサピは熱いよ。
Posted by at 2006年11月19日 12:55
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